暮らしの基本

2024年12月8日


 雑誌はほとんど読まないが、『暮しの手帖』だけは、おもしろい内容だと思って見ている(私の場合、雑誌は「読む」というよりも「見る」という言い方が適切だ)。『暮しの手帖』第一号が発刊されたのが1948年、巻頭のことばに「これは あなたの手帖です/いろいろのことが ここには書きつけてある/この中の どれか せめて一つ二つは/すぐ今日 あなたの暮しに役立ち/せめて どれか もう一つ二つは/すぐには役に立たないように見えても/やがて こころの底ふかく沈んで/いつしか あなたの暮し方を変えてしまう/そんなふうな/これは あなたの暮しの手帖です」とある。

これは現在にいたるまで、同じ巻頭言として掲げられている。「こころの底ふかく沈んで/いつしか あなたの暮し方を変えてしまう」という部分が良いと思う。

 創刊号の「あとがき」も味わい深い。


 この本は、けれども、きつとそんなに賣れないだろうと思います。私たちは貧乏ですから、賣れないと困りますけれど、それどころか、何十萬も、何百萬も賣れたら、どんなにうれしいだろうと思いますけれどいまの世の中に、何十萬も賣れるためには私たちの、したくないこと、いやなことをしなければならないのです。この雑誌を、はじめるについては、どうすれば賣れるかということについて、いろいろのひとにいろいろのことを教えていただきました。私たちには出來ないこと、どうしても、したくないことばかりでした。いいじやないの、數はすくないかも知れないけれど、きつと私たちの、この氣もちをわかつてもらえるひとはある。決して、まけおしみでなく、みんな、こころから、そう思つて作りはじめました。

 

あとがきの署名は(S)とだけあるが、おそらく編集者の大橋鎭子であろう。大っぴらに売れない雑誌だと言明しているのに感服した。売れる方法があるにもかかわらず、自分たちの意思に反することであるから、それには乗れない。商業主義と『暮しの手帖』の理念は相いれないのである。これは広告を一切載せないという同誌の決断にあらわれていて、いまも引き継がれている。

「こころの底ふかく沈んで」いく「こと」とは、住むこと、食べること、着ること、という暮らしの基本に思いを致すということであろう。戦争を経験した大橋鎭子や花森安治たちがこれから新たに生活をしていくにあたり基礎においていた「こと」はごく平凡なものだといえるのかもしれないが、2020年代を生きる私たちにも変わらず大切なものだと思う。日常生活への埋没は一見すると政治から距離を置いているように見えるが、「反戦」への思いを挟むことで強い政治的な意思を持ちうる。社会が混迷している時にこそ、基本とは何なのか常に立ち返る必要があるだろう。

 


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