知人がホテルのビュッフェ形式の食事に招待してくれた。私にとって久々の会食である。「今日はゆっくり話しましょう」と知人は大らかに言う。
知人が最初にとってきた皿には、野菜が少量しか入っていない。大柄なので意外に思って、「小食なのですね」と訊くと、「病気をして以来…」と言う。
会話は楽しくはずんだ。その人は自分の研究や、日本の高等教育などについて持論を展開する。ビュッフェ台とテーブルを何回か往復すると私は満足し、あとはデザートとコーヒーを残すのみになった。そのとき気づいたのが、その人は肉や魚のメインとなる食べ物をまったく取っていなかったのだ。やはり体力が回復していないのかと思っていると、その人はやおらメインを取りに立ち上がった。それが本格的な食事の始まりだった。一回に入れてくる肉や魚の量は少ないが、時間をかけて味わい、また入れてくるというのを数時間かけて何度も繰り返す。その間に話は尽きることもなく、私は数年分かと思われるほどの話題で満腹になった。
にぎやかだった客足は次第に遠のき、ついに店内には私たちふたりだけになった。それでも、その人は動かない。大陸生まれだからだろうか、島国出身のせっかちな私などと違って、悠揚迫らぬ姿勢である。従業員が片付けをはじめる。
「そろそろ…」と従業員が声かけすると、「OK」と答え、それからおもむろにデザートを取りに行く。そう、まだデザートには手をつけていなかったのだから、これから時間をかけて味わうのだろうと、私もどこか吹っ切れた思いで何杯目になるかわからないコーヒーをおかわりした。
プールに射していた日が陰る。「今日は楽しかったです」とその人は正面から私の目を覗き込みながら言う。ふと、その人の体内を流れる、大陸の悠久の時間に触れた気がした。