ふだんなら観光客で混んでいるはずの砂丘は、早朝の時間帯と悪天候のせいかほとんど人が見えない。得をした気持ちで、まだ踏まれた跡のない砂丘を散策する。雨はそれなりに強いにもかかわらず、砂がやわらかく吸い取るので、やさしく降っているように見える。砂丘のかなたに灰色の海が見えた。
宿から借りた傘に雨の当たる音はするが、それを除けばおどろくほど物音が聞こえてこない。「無音」と言ってもいい環境に身をおくのは久しぶり、いや、初めてではないかと考える。
遠くからはそれほど広くはないかと見えたが、砂丘の中を歩くと丘陵がいくつも重なっているからか、閉ざされた空間の真ん中にポツンとひとり置かれているようで、自分がどこに向かっているのかわからなくなる。ひとりふたり見えた影は、いつのまにか消えてしまった。いささかの不安を胃の底に感じながら、海があると思われる方へうつむき加減に歩いていく。
あがる息をおさえながら最後の急な丘陵をのぼりきると、目の前に海がひらけていた。灰色で暗鬱な海だったが、どこか安心して雨で白く煙る水平線をしばらく見ていた。