「大学」訪問

2021年7月28日



 ある大学へ視察に行ったことがある。教育事業の最先端の取り組みをしていることで有名で、全国から視察が訪れるとのこと。

 副学長みずからが案内に立ち、構内をいっしょに回ってくださった。教員の研究室がある棟は未来的な建築様式の建物で、全面ガラス張りの円筒形のエレベーターが絶え間なく上下に行き来する光景は、宇宙ステーション(?)の中にいるかのような錯覚を起こす。ロビーの壁には学生の名前が一覧になって貼り出されている。それには就職先と学生の所属するゼミ名が併記されている。これでどこのゼミが優秀か一目瞭然です、と副学長は言われる。

 廊下を歩き教員の研究室を見てまわる。おどろいたことに研究室もまた全面ガラス張りで、中の様子が丸見えになっている。教員たちが机に向かって書類を書いたり、パソコンの画面に向き合っている様子を見ながら、私たちは薄暗い廊下を息をひそめて進んでいく。

 建物の外に出て、日のあたる芝生の上を歩きながら「まるで監獄のようでしたね」と私は同行の者にささやいたが、その人は「動物園かと思いました」と真面目な顔で返す。いずれにしろ、密室の中にいて外からの視線にさらされるというのは耐えがたい状況ではないか。

 いまさら指摘するまでもなく、「規律」を身につけさせるという点において、学校と獄舎は建築的に構造・機能の相違を見つけるのがむずかしいほど似ている。

 酒を一晩中飲んで朝方キャンパスの建物の入口で倒れている学生、夜やたら大音量で楽器を演奏し絶叫している学生、誰も知らない秘密の部屋をいくつも蔵している建物、構内であきらかに学生ではない人たちがビラを配っている光景を記憶している私からすれば、大学は「規律」から遠く離れている場所のはずだった。

「うちは研究者はとらない。学生にきちんと教育してくれる教員だけをとる」と副学長は力強くおっしゃる。ここで言う「教育」とは、成果の見える「就職率」のことを指している。

 その大学に視察に行ったのは十年も前のこと。思えば「大学」はそのときすでに決定的に変質していたのだ。


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