きれいは、

2021年6月2日



 実家の近くにある商店街が取り壊されてだいぶ久しい。沖縄戦後すぐに興った市場が始まりだったと聞いている。米軍基地や軍港も近くにあるため、豊かな物資が集まり、それを買い求める客が近隣の市町村から殺到したという。

 中学生のころはこの商店街を目的もなく、よくぶらついていた。

 狭い商店街の通りはアーケードになっていて、服屋、精肉店、魚屋、花屋、雑貨屋などが軒を連ね、日常の生活用品をそこで購入する近隣の住民たちでにぎわっていた。薄暗く雑然とした商店街の雰囲気はなじみのものだった。店と店の間にある狭い道から入る路地の奥では高校生たちがタバコを吹かして座り込んでおり、睨みをきかせていた。迷路のような路地は通り抜けると意外な場所に出たりする。こうして歩くことで街の大きさや、大げさにいうと街の経てきた時間までが感覚としてからだにしみ込んでいった気がする。

 郊外に大型のショッピングセンターができたころから、通りは寂れていき、いつしか立ち退きが始まり、建物が解体され、新たな道路がつくられた。区画整理が行われ集合住宅が建てられ、むかしの街並みは面影をかき消し、現代的な郊外の街が目の前にあらわれた。

 たまたまこの商店街のことを知っている人と話したとき、私と同世代のその人は、あれは懐かしい場所だった、と遠い目をして言う。

 いまの沖縄になる前の、混乱した一時期の名残を私たちはその商店街に見てきたのだ。

 この新しくなった区域を見ると、シェイクスピア劇の魔女のセリフ、「きれいは、きたない。きたないは、きれい」が思い浮かんでくる。

 たまに実家に帰るときは、車を運転しながら街並みを眺める。整備されて見栄えのする立派な通りに私が文句をつける筋合いはない。しかし、私は「きれいは…」というセリフを頭の中でつぶやいている。


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