黒沢清「スパイの妻」。蒼井優の演技に圧倒される場面が二度。初めは、逮捕された甥のことで優作(高橋一生)が官憲の取り調べを受けた後自宅に戻り、蒼井演ずる聡子を詰問する場面。とりすました表情で、甥が夫を売ることはないほうに賭けたから密告したのだと言いのけるところ。夫に従順な聡子が思いもかけない強靭さを見せる。そして、聡子は密航する寸前に捕まり、連行された憲兵分隊所で問題のフィルムを映写するのだが、夫にだまされたと知って「お見事! お見事!」と叫んで倒れる場面。
夫の不可思議な二面性(それがスパイの特性)、日本軍の所業を告発するノートの原本と英訳版というオリジナルと複製、パテベビーの9.5mmフィルムが映す虚構の物語とそれをなぞるように進行していく現実のドラマの二重性。もちろん、私たちが見ている映画自体がスクリーンに映された、フィクションという現実。「2」という数字がそこかしこで反復し、重奏している。
なにかとんでもない映画を見てしまったという慄き。近年、軽々と国を越境し、「セブンスコード」「ダゲレオタイプの女」「散歩する侵略者」「旅のおわり世界のはじまり」などの傑作を涼し気な顔で撮り上げてしまう黒沢清監督に感服する。