遺跡

2025年11月2日


 巨大な岩山がある。岩山は大きな斧で切断されたかのように断面がむき出しになっている。近づいていくとまるで長い間無人でさびれた学校の校舎ように見えてくる。

広場のように開けた場所には小さな岩が点々と立っている。石灰岩の切り立った崖の前に立つとそれまで吹いていた風が急にやんだ。岩壁が風をさえぎり、彼はまるで井戸の底にいるような感覚にとらわれ、無音の空間のなかで聴覚がおかしくなる。この一郭にある割れ目から港川人の骨が発掘された。一万八千年前の骨と言われている。むかしは河口にあたっていたらしく、ここに埋葬されたそうだ。割れ目は穿たれた穴が崩れ落ちたようにも見えるし、岩がずれて生じた自然洞窟にも見えたが、いまは人ひとりがかろうじて通れるくらいの幅しかなく、しかも腰の高さほどの鉄格子で囲われているので、奥を覗くことはできない。石灰岩の壁面はまるで人工物のように垂直に切り立ち、ひやりとした表面に手を触れると体温が吸われていく。

 一万八千年前と言われても、実感はわかない。この地域の北西から海に向けて川が流れている。それほど大きな川ではない。そもそもの始まりは川ですらなく、雨が降るたびに水が流れる筋ができていき、それが次第に石灰岩の台地を侵食して深い谷をつくり、海へとつづく川となったのである。この遺跡の割れ目はかつての川ではないだろうかと勝手に想像する。谷は雨風から居住者を守り、外敵から身を隠す自然の要塞として機能しただろう。むかしの人間は食べるものを得るために一日中狩りをしていたのだろうが、捨てられた貝殻や動物の骨から当時の生活をうかがい知るしかない。埋葬するという慣習からは、当時の人びとにも宗教的な概念があったと推測できる。埋葬された場所がちょうど海の方角を向いていて、当時の人びとの、見えない世界への畏怖の気持ち、旅立ちへの願望のようなものがあったのではないかと、背後の海の方角を振り返る。岩山に隠れて見えないが、海の気配を感じる。

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