便利なことば

2025年9月6日

ことば

 

 ある出来事や他人の痛苦について、「自分事」のように考える、ということばをよく聞き目にする。私自身も人の前で話をするときに、つい、まとめのことばとして使ってしまうことがある。もともと辞書にそのことばはない。おそらく「他人事」から派生したものであろう。

「寄り添う」ということばに意味的に近い。だからか、「寄り添う」ということばが口にされると何となく安心感をもたらすように、「自分事」ということばも物事が完結してしまう気になるから、危険なことばではある。というようなことを、友人たちと語り合った。

そのことばを初めて聞いたときは、なるほどと感心したが、あまりにも口にされると、それはやがて常套句となる。そして粗が見えてくる。「自分事」のように考えるというときに抜けてしまうのは、どうしようもない距離が他者と自分の間にあるという意識ではないか。それが容易に乗り越えられるという楽天的な思いが底にあるかぎり、おそらく他者と自分はつながることはできないだろう。

それでは、いかに、そのことばを使わずに意味をあらわすのか。肝心のことばをめぐって、それ以外のことばがつねにその周囲を旋回することになるだろう。そうすると一見、何なのかよくわからない事態が生起する。空洞の中心点をぐるぐると回るカフカの主人公たち。

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