エルスチールが小さな町を描くのに海の用語だけを使い、海を描くのに街の用語だけを用いて、見る人の精神に差し出したのもこの手のメタファーである。家並のむこうに隠れているのが港の一部なのか、それとも修理ドッグなのか、あるいはこのバルベック地方でよく見かけるように海が湾となって陸地にくいこんでいるのかは判然としないが、いずれにしても突き出た岬のうえに建つ町のむこうでは、屋根という屋根から(煙突や鐘楼がとび出すみたいに)マストがとび出ていて、そのせいでマストの下にある船まで、なにやら街の一部となって地上に建っているように見える。
(プルースト『失われた時を求めて』花咲く乙女たちのかげにⅡ 吉川一義訳)