三助をご存じだろうか。銭湯で背中を流してくれたり垢すりをしてくれたりする男性のことである。江戸時代からつづく伝統ある仕事だが、いまは廃れたらしい。私が三助ということばを知ったのはだいぶ前のこと。私より二十ほど年上の人から教えてもらった。東京生まれのその人は、おそらく三助がいた頃の記憶があるのだろう。私は「三助」という奇妙なことばの響きと、客の背後に立って湯をかけるタイミングをいまかと待ち構えている少年の姿を思い浮かべて、いまでも忘れられないことばとなっている。
私は沖縄で生まれ育ったので、銭湯や温泉に入る習慣がない。それでも、県外で暮らしていた時期は近所の銭湯に通っていた。名物の銭湯で、薬草湯などいろいろな種類の浴槽があり、初めて湯に浸かることの享楽を知った。その銭湯で電気風呂を見たときは冗談かと目を疑ったが、好奇心を抑えられず何度か入ったことがある。ピリピリと全身の皮膚が刺激される感覚は未知の体験だったが、やはりあれは危険だったのではないか。
仕事で大分の鉄輪に行ったときは、温泉街に宿をとり、朝起きては温泉、夕方も温泉と仕事で来たのか湯浴みに来たのかわからない旅になった。
また、別の仕事で和歌山県の田辺市に行ったときには、熊野川の支流のすぐそばにある天然露天風呂というものに入ってみた。冬の川の冷たい流れにつかり、それから露天風呂に身を沈め、からだが温まったらまた川に入るというのを繰り返す。苦行をしているような感じだが、繰り返すと気持ちよくなってくるから不思議だ。
こうしてみると、習慣がなくてもけっこう湯に浸かってきたではないかと、われながら意外である。もう叶わないが、一度は三助に背中を流してもらいたいと思う。しかし、奉仕されることに不慣れな私はきっと落ち着かないにちがいない。