災害に際しては

2024年5月9日


 ジョー・ダンテの『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』は、1962年のキューバ危機が起こっているまさにその時の、フロリダ州のある街の日常生活を描いている。テレビで流れる危機的な状況を前にして混乱する群衆をよそに、この街を訪れた映画監督であり興行師でもあるジョン・グッドマンは、彼の渾身の力作『MANT!』を上映するため交渉を進めていく。この映画は、突然変異でアリ人間となった男の悲哀(?)を描いたパニック/モンスター/ホラー物である。

 映画館のオーナーとジョン・グッドマンの上映交渉と並行して、街に住む少年と少女が出会うという、ボーイミーツガールの典型的な物語も進んでいく。

 ジョン・グッドマンの発明なる「アトモ・ビジョン」がこの『MANT!』の売りで、映画の進行に合わせて、効果音を出したり、火事の場面では煙が立ち込めたり、席が揺れたり、山場ではついにスクリーンからアリ人間が飛び出して観客に襲いかかるなど、エンターテインメントの極致ともいえる仕掛けなのである。

 しかし、この仕掛けに故障が生じ、会場は次第にパニックの様相を呈する。核ミサイルの危機におびえる外界と、映画館(地下に核シェルターを備えている!)内は、相似的に「戦場」に早変わりする。

 災害の場においては、人はただパニックに陥るしかない。逃げ惑うという選択肢以外は用意されていないのである。

 私たちは災害の情報に翻弄されるまま―しかし、実のところどれも実体のない噂(あるいは科学的な予測)にすぎない―でしかないのだろうか。この映画が示唆するのは、災害の外から災害を見る視角の必要性ではないか。

 渦中にいては、客観的に物事を見ることはできない。渦の外に出るためにはどうすればよいのか。そもそも最初から渦に巻き込まれない所にいる、というのが望ましいのだろうが、この映画のジョン・グッドマンのように、渦中のさなかに新たな渦をつくりだす、というのもひとつの手段ではないかと思う。

物語は収まるべきところに収まるのだが―少年と少女は映画館地下の核シェルターに誤って閉じ込められてしまうが、ロマンスは成就し、映画館は「アトモ・ビジョン」の故障で大被害を受けてしまうが、ジョン・グッドマンの目論見どおり『MANT!』は観客をパニックのどん底に突き落とす―、災害が終わってみると、ひとり得意げに葉巻を吹かすジョン・グッドマンだけが勝者といえるのかもしれない。

先日の、沖縄地方への津波警報で我さきに逃げ出す人たちを見て―私は警報のことを知らず車を運転していたのだが、突然生まれた渋滞に巻き込まれた―、だいぶ前に観たこの『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』を思い出したのだった。


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