教育社会学を専門とする早稲田大学教授の吉田文氏がヨーロッパの高等教育について、「大学新聞」222号(2023年12月10日)に連載している(以下、要約)。
これまでヨーロッパの高等教育(大学)は3年制で専門教育に特化する機関であったが、2000年あたりから見直しがされてきている。大学に進学する前にリベラル・アーツを教育する機関が新たに登場してきたという。
吉田氏はオランダの例を紹介している。そこでは大学の下部に「ユニバーシティ・カレッジ」を設置し、進学前の学生たちが学んでいる。その教育の特徴として、①人文・社会・自然科学を幅広く学ぶ②アカデミック・ライティング、論理的研究法などを核とした科目群の設置③少人数制のクラス④全学生への寮生活の義務付け―が挙げられる。現在、オランダにある13大学のうち、9大学がユニバーシティ・カレッジを持っている。
吉田氏は、なぜオランダがリベラル・アーツを取り入れたのか、このように考えている。「単一の専門しか学んでいない者は、グローバル化、流動化が進む労働市場に立ち向かうことができないという、言わば危機感である」
ところで、日本では、安倍晋三首相の政権当時(2015年)に「教育再生実行会議」なるものが、産業界の求める人材を大学が育成するよう進言している。「学生を鍛え上げ社会に送り出す教育機能を強化」する、いわば職業訓練校的な教育を中心とする大学変革を訴えているのである。
国内の大学から教養学部がなくなって久しい。教養学部の廃止と成果主義的な大学の変革の動きは2000年前後から顕著になってきたと記憶しているが、それは同時期のヨーロッパの高等教育の見直しとは見事なまでに逆行している。「教養」など就職には役立たないという、教育関係者、学生、産業、官公庁(つまりほとんどすべての人たち)の意識がいまの日本の大学の現状を生んだのだろう。それはどのような影響を及ぼしているのであろうか。日本の大学の国際競争力が低下しているといわれる状況と関わりがあるような気がしてならない。いまや教養学部の名前が残っているのは東京大学ぐらいだろう。
教養を身につける、と言うと、そこには功利主義的なにおいも漂うが、リベラル・アーツの真の目的は、学ぶことの楽しさを発見することにあるのではないか。そう、「学ぶ」ことは実際に、胸が躍るような悦楽でもあるのだ。
吉田氏のヨーロッパの高等教育についての報告は、日本の大学のありかたを考えるうえで示唆に富んでいる。