ある大学で校舎の中を歩いていると、いきなり女子学生に話しかけられた。「パトリシア先生を探しています」。おそらく外国人なのだろうという以外、誰なのかまったくわからない。大きな大学なので教員も無数にいるだろう。しかも、私の知人にも同名がいるぐらいなのだから結構よくある名前ではないのか。
私も、わからないと言えばよかったのだろうが、切羽詰まった感じの女子学生につられて、いっしょに探すことになったのだ。
あそこの部屋かもしれないと、同じ建物内にある非常勤講師の控室をたずねる。勝手の知らない大学ではあったけれども、おそらく非常勤講師の方ではないかと推測したのだ(名前から推し量って語学の講師だろう。いま、ほとんどの大学で語学は非常勤講師が担当している)。
控室に向かいながら、次の授業を休むのでパトリシア先生に「手紙を渡したい」のだという。それだったら、欠席届を出せばいいのではとも思ったが、「手紙」をしたためるという行為の真摯さに提案する機会を失し、控室を覗くと期待に反してパトリシア先生はいない。
困った女子学生に私は、それだったら、非常勤講師用のメールボックスがあるはずだから、そこに入れておけばいいのではとアドバイスした。女子学生は明るい顔になり、そうします、と言って私に場所を訊く。だいたい学務課の近くにあるはずだから、あそこの建物だと思いますと指さした。女子学生は礼を述べて足早に去っていった。彼女は新入生なのだろう。
用事を済ませて、私はあの教え方でよかったのかとだんだん心配になってきた。本当にパトリシア先生は非常勤講師でメールボックスもあるのだろうか。私は事務棟のメールボックスまで行った。苗字が五十音順に並んでいるので、下の名前だけでは簡単に見つけられない。一瞬めまいがしたが、数ある郵便受けをひとつひとつ確認していく。あった。「〇〇〇パトリシア」。