理髪店を選ぶのは難しい。立地場所、店の込み具合、カットの技術、さらに私の場合は理髪師が無口であれば言うことなしだが、そんな理想を求めて何度も理髪店をかえてきた。
ある理髪店でのこと。入った瞬間、店主がうつむき加減に覇気のない挨拶で迎えたので、静穏を好む私もかすかな不安をおぼえた。椅子に座り髪を切り始めると店主はボソリボソリと低い声で話し出した。相槌をうちながら話を聞いていると、そのうち店主の声に張りが出てきて熱をおびてきた。エンジンが温まるまでにいくらか時間を要するらしかったが、店主はまれに見るおしゃべり好きだったのだ。話がいきおいに乗ってくる。軽自動車からレーシングカーに乗り換えたのかと思うほどの馬力の変わりようだった。
最近の若者の動向から政治や社会の話など、話題が目まぐるしく移っていき途切れることがない。なかにはおもしろい話もあったが、「近ごろの学生は…」と店主の話題に愚痴がまじりはじめたころから、耳をかたむけていた私は次第に疲れてきた。
景気の話は禁句だったようだ。店主は待っていましたとばかりに滔々と語り出す。「公務員はいいですよね、待遇が良くて」と仮想敵を勝手に定めて好戦的になったかと思うと、子供がいるのだろうか、「しょせん、散髪屋の娘は散髪屋にしかなれないんですよ」と嘆く。あきらめと悲哀を帯びた言い方に、私の気力もまた萎えていく。
しばらくして、小学校帰りの女の子がドアを押して入ってきた。「ただいまーっ」と元気よく帰宅の挨拶をし、客がいると見てとるとおとなしくなり様子を伺いながら私の後ろを通りぬけ二階への階段を軽快に駆け上がっていく。それだけのことだったが、店内をさわやかな風が吹きぬけていったようでホッとした。
子供の将来を予言することは誰にもできないと思う。