夜の記憶 5

2020年5月16日



 真夜中、奄美大島の山中をレンタカーで走っていた。翌日の仕事に向けて、ひとり前日に会場となる古仁屋へ向かうことになったのだ。名瀬市から古仁屋までは結構な距離である。山間に入ると街灯はもちろんなく、ほかに走る車もない。早く着きたいとかなりのスピードで車を走らせているうちにだんだんと感覚がおかしくなってくる。いくらアクセルを踏んでもスピードが出ている気がしない。

さらにヘアピンカーブを曲がるたびに自分のからだが180度回転して、目的地を目指しているのかも曖昧になってくる。からだが宙に浮いているような錯覚にとらわれて、このままガードレールにぶつかったら危ないなと思いながらも、それも他人事のように切迫感がない。

戦時中、島尾ミホが陣営にいる島尾敏雄に会いに行くために、夜の海に足を踏み入れて海岸伝いに歩いたエピソードを受けて、海中を浮遊している彼女を幻視したのは吉増剛造だったと思うが、私が向かっているのも加計呂麻島を対岸にのぞむ古仁屋の港。胸のうちに奇妙な浮遊感をかかえたまま車を飛ばしていく。

街の灯りが眼下に見えてきた。「夜の底」へと螺旋を描いて降りていく。

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