触れる

2020年3月17日





 むかし知人が、ある小説について「ページに触れている指先からすっと哀しみが伝わってきた」とつぶやいたことがある。私もその小説には深く惹きつけられるものがあったので、なんと的確な表現かと印象深く聞いた。

「触れる」ということが肝心なのかもしれない。天候などの環境や読む人の状態(興奮して汗ばむ、など)にも左右される紙質。凹凸はないのだが、あるように感じられて思わずなぞりたくなる文字のつらなり。本の世界に入り込むと文字が一字ずつ立ち上がってくる瞬間がある。そのとき本の内容とことばはズレることなく一致しているのだ。これが紙の本を読む醍醐味だと思う。

 いまだに私が電子書籍から逃げているのは、本そのものに〈触れたい〉という幼児のような欲求のためかもしれない。


QooQ