壊れた石橋

2024年11月15日


私が小学生のころ、小学校近くの川に壊れた石橋があった。真ん中からぽきりと折れていて、その部分は川に落ちている。しかしその橋は周りの風景に溶け込み、私たちは何の違和もなく通学したり遊んだりしていたのだ。この石橋は戦争中に日本軍が壊したのだと聞いていた。

私が小さいころは、まだまだ沖縄戦の痕跡が街のあちこちにあった気がする。もちろん現在でもその状況は変わらず、山に入れば遺骨が落ちていることもあるし、工事現場に不発弾が出てくるのは日常茶飯ですらあるが、戦争の傷跡は道路拡張工事などによる都市計画によって見えなくなってきている。

気になって調べてみたら、その石橋はいまだ撤去されずにあるという。以前その川を訪れたときは石橋がなかったので、新しい橋を代わりに造ったのだと思っていた。しかし、繁殖する草に埋もれていただけで、以前と変わらない姿を写真で見ることができた。いずれは地元の自治会が中心になって戦争遺跡として整備していくようだ。ぜひそうなることを願う。

それでふと思い出したのが、首里城正殿のこと。2019年火災で焼失して再建工事中だが、かつては観光客でにぎわっていた。しかしその地下に全長1㎞もある旧日本軍の司令部壕跡があるのを知る人は少ないだろう。

琉球王国をしのばせる華やかな建物と沖縄戦の記憶を留める司令部壕をあわせもつ首里城という場所は、沖縄の歴史の光と影をあらわしているという意味で興味深いが、長らく(実に80年もの間)人目に触れなかった司令部壕を保存・公開する動きが県を中心に行われている。


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